大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和44年(ワ)116号 判決

原告 大野清海

右訴訟代理人弁護士 藤原充子

被告 株式会社土電会館

右代表者代表取締役 宇田耕也

右訴訟代理人弁護士 小松幸雄

被告 大坪忠精

主文

一、被告らは各自原告に対し、金六一四、七八九円および内金五一四、七八九円に対する昭和四一年九月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は、原告において被告らに対し各金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、第一項に限りそれぞれ仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告らは各自原告に対し、金二、三八三、三四四円および内金二、二八三、三四四円に対する昭和四一年九月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに右(一)の金銭支払請求部分につき仮執行の宣言を求め(た。)≪以下事実省略≫

理由

一、当事者らの関係

被告会社は興業および土電会館内貸室管理業務を営んでいる株式会社であり、原告および被告大坪は昭和四一年九月二七日当時ともに被告会社に雇用されていた従業員であって、原告は人事課保安係員として被告会社の保安警備等の業務に従事し、被告大坪は技術課員として電気関係の修理等の業務に従事していたものであることは、当事者間に争いがない。

二、本件傷害事件の発生

昭和四一年九月二七日午後七時二〇分ごろ、原告が被告会社保安室において夜勤についていたところ、そのころ右保安室に立寄った当時の被告会社人事課長三木重宏が同室の壁に付設されていたスイッチをいじったことから同室天井の螢光燈が消え、そのため右三木課長は原告に対し技術課に連絡して修理させるよう命じたこと、そこで原告は直ちに技術課に電話して右の修理を依頼したところ、当夜の宿直当番であった被告大坪が修理のため保安室に赴いたこと、および被告大坪は右螢光燈の修理を終えて一旦は保安室を去ったが、その後再び同室に赴いたうえ、同室において原告に対して暴行を加え、これがため原告が傷害を負ったことは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告からの電話連絡を受けて螢光燈修理のため保安室に赴いた被告大坪が同室の椅子を使用して天井の螢光燈を修理しようとしたところ、壁のスイッチが故障したものと考えていた原告は同被告に対し「椅子を使用する必要はなかろう。」という趣旨のことを言ったこと、これに対し被告大坪はその場はそのまま修理を終え、一旦は技術課の部屋へ帰ったけれども、考えるほどに先刻の保安室における原告の応接の態度なかんずく右の言辞が不愉快に思われ、原告にその非を認めさせて謝罪させようと考え、約五分後に再度保安室へ赴くや、原告の右態度を詰責したが、原告は自己に非があるとは認めないのみならずかえって反論する態度に出たため口論となり、そのあげく立腹した被告大坪はやにわに原告の胸倉をとってその場に転倒させたうえ、手拳をもって原告の頭部および顔面等を数回殴打したこと、被告大坪の右暴行により原告は脳震盪症、右手打撲症、顔面打撲切創、頭部打撲症、右眼部挫創、左外傷性結膜下出血、左眼瞼裂傷、外傷性瞳孔散大等の傷害(本件傷害)を負ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

三、被告らの責任

右に認定した事実によれば、原告の蒙った本件傷害は被告大坪の故意による暴行により生じたものであるから、右は不法行為に該当するものというべく、同被告は原告が本件受傷により蒙った損害を賠償する義務がある。

しかして、原告および被告大坪はともに被告会社の被用者であるところ、本件傷害事件は、右両者の勤務時間中に被告会社の施設内において発生したものであり、しかも、保安係員としての原告の依頼を受けた被告大坪が螢光燈の修理という同被告本来の業務を執行中、応接した原告の態度に反感を抱いたことに端を発して惹起されたものであることは既に認定したところであり、これらの事実によれば、本件受傷により原告の蒙った損害は、被告大坪が被告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えたものであるから、これを民法第七一五条第一項に照らすと、被用者である被告大坪が被告会社の事業の執行につき加えた損害に当たるものというべきであり、従って被告会社もまた原告に対し右損害を賠償する義務ありというべきである。

四、被告大坪の示談の抗弁について

被告大坪は、昭和四一年一一月初ごろ原告と同被告との間で本件傷害事件について示談が成立し、原告は爾後何らの損害賠償の請求もしない旨約したと主張するので検討するに、≪証拠省略≫中右主張に副う部分はいずれも≪証拠省略≫に照らしてたやすく措信できない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、本件傷害事件により被告大坪は昭和四一年九月二八日から原告との間に示談が成立するまでの間ということで被告会社から出勤停止処分を命ぜられたこと、その後被告会社は当時の総務部長塩見治秀および人事課長三木重宏らを通じて原告と被告大坪との間で本件傷害事件につき示談が成立するよう斡旋に努めたこと、その結果、被告会社は昭和四一年一一月初ごろ右示談成立の見通しがついたとして、同月四日ごろ被告大坪に対する右出勤停止処分を解除したこと、その間被告大坪は被告会社を通じ或いは自ら原告に対し、合計金一二、〇〇〇円くらいを渡したことを認めることができるが、右の事実をもってしても未だ最終的な示談が成立したことまでを認めるには足りず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠は存しない。

よって、被告大坪の右抗弁は理由がない。

五、損害について

そこで、進んで本件受傷により原告が蒙った損害につき検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告は本件受傷により昭和四一年九月二八日から同年一一月一八日までの間高知県高岡郡佐川町所在の近藤病院(後に清和病院と改称。)に入院して治療を受け、退院後も引続き同病院に通院して治療を受け、昭和四二年八月ごろまでの間には外傷はおおむね治癒したが、その後も頭部外傷に起因する後遺症が残存したため、なお引続き同病院その他の病院に順次通院し昭和四五年一二月二四日まで治療を受けたこと、また、原告は本件受傷により昭和四一年九月二八日から翌四二年八月三一日まで被告会社を休業し、同年九月一日から復職したこと、および翌四三年五月七日原告は被告会社を退職したことが認められる。

1  治療費について

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四三年一〇月三日から同四四年二月二六日までの間に、本件受傷に起因する後遺症の治療費として、高知県高岡郡佐川町所在の高北病院に対し金一四、一五八円を、同所所在の和田医院に対し金六三一円を支払ったことが認められる。

従って、原告は本件受傷により右合計金額である一四、七八九円の損害を蒙ったものということができる。

2  宿泊手当相当分について

本件傷害事件の発生した昭和四一年九月当時、原告が被告会社から一ヶ月当り基本給金二〇、三三六円、家族手当金一、二〇〇円、宿泊手当金一、五〇〇円の合計金二三、〇三六円の給料の支給を受けていたことは被告会社との間では争いがなく、被告大坪との間では≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。ところで、原告は、前記認定の休業期間中原告は従来の給料のうち六〇パーセントを労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付として支給を受け、残余の四〇パーセントを被告会社から支給を受けていたが、右各支給額の算定の基礎とされたのは、右の原告の合計給料のうち基本給と家族手当のみであって、宿泊手当が除外されていた旨主張し、≪証拠省略≫は右主張に符合するが、右は≪証拠省略≫に照して採用できず、かえって右証拠によれば、原告は前記休業期間中従来支給されていた給料の全額を引続き受領していたことが認められる。

従って、右休業期間中、宿泊手当相当分の合計金一六、五〇〇円の損害を受けたとの原告の主張は理由がない。

3  得べかりし給与所得について

原告が昭和四三年五月七日被告会社を退職したことは既に認定したところであるが、原告は、右退職が本件受傷による労働力の低下および治療の必要性に基づくものであり、これにより原告は得べかりし給与所得合計金一、二五二、〇五五円を喪失した旨主張し、これに対し、被告らは原告の右退職は本件受傷と因果関係がないと主張するので検討する。

≪証拠省略≫は原告の右主張に符合するが、これはつぎに掲げる各証拠に照らして、たやすく信用できず、かえって、≪証拠省略≫を総合すると、原告は被告会社に復職した昭和四二年九月一日から退職するに至った同四三年五月七日までの約八ヶ月の間保安係員として休業前と全く同様の平常の勤務についていたこと、ところが、原告が復職後もなお通院を続けていた前記頭部後遺症の治療費の支払いにつき、昭和四三年五月ごろ原告と被告会社保険事務係員との間でトラブルが起り、これを機に原告は被告会社を退職するに至ったものであることが認められ、これらの事実からすれば、原告が被告会社を退職するに至ったのは、本件受傷による労働力の低下ないしは治療の必要性よりもむしろ、右治療費の支払いに関するトラブルが主な原因であるものと推認される。よって、右退職により原告が将来得べかりし給与所得を喪失したとしても、右損失は本件受傷とは相当因果関係の範囲内にあるものということはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、本項に関する原告の主張は理由がない。

4  慰藉料

≪証拠省略≫によると、原告は大正七年一一月一七日生れの男子であって、元来は農業を営んでいたが、昭和三八年から会社勤めを始め、被告会社には昭和三九年に入社していたもので、家族は妻と子供三人であるが、子供は三人とも結婚して独立し、現在は妻と二人で僅かな田畑を耕作して生計を立てているものであること、原告の蒙った傷害の程度は既に認定したように意外に重いものであって、受傷約五〇日の入院で外傷はおおむね治癒したものの、その後も後遺症の治療のため昭和四五年一二月二四日に至るまで通院を余儀なくされていたことが認められ、これらの事実に本件傷害事件の態様等先に認定した諸般の事情を斟酌すると、本件受傷により原告の蒙った精神的肉体的苦痛を慰藉するには金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

5  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告が弁護士藤原充子に対し本訴提起、追行を委任し、着手費用として金五〇、〇〇〇円、勝訴のときはさらに報酬金として金五〇、〇〇〇円を支払う旨約したことが認められる。右金額は右委任に関するものとして相当であると考えられるところ、弁論の全趣旨から明らかな被告らの態度に照らすと、弁護士費用としての右金額の支出は本件受傷によって生じた通常の損害ということができる。

六、過失相殺の抗弁について

そこで、被害者原告の側に過失があったかどうかについて考えてみるに、そもそも本件傷害事件の原因となったのは、先に認定したように、被告大坪が螢光燈修理のため椅子を使用しようとしたのに対し原告が「椅子は不要である。」との趣旨のことを言ったことに同被告が反感を抱いたことに端を発しているのであるが、原告にしてみれば先に三木課長が壁のスイッチ(椅子を使用しなくても触れることができる。)をいじったために螢光燈が消えたことを目撃していたのであるから、右のごとき言辞を発する一応の理由は存したのであるし、また、仮りにその際の態度が他人に物事を依頼する者のそれとして多少横柄な点があったとしても、その場で直ちに口論にも至らなかった前記認定の過程を考えると、原告の右態度が挑発的なものであったとまでは認め難く、本件傷害事件を惹起するについて原告の側に過失があったものとは言い難い。

七、結論

よって、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金六一四、七八九円および右金額から弁護士費用を控除した金五一四、七八九円に対する本件傷害事件発生の日である昭和四一年九月二七日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由あるものとして認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤保壽 裁判官井筒宏成、同鳥越健治はいずれも転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 安藤保壽)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例